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【連載シリーズ其の9】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズ 9 「義経が最上川に来なかったならばロマンあふれる芭蕉と仙人堂わき水コーヒーの関係は語れなかったに違いありません。 まさかこのわき水コーヒーが義経まで遡ろうとは…」

松尾芭蕉の奥の細道は、義経の足跡を訪ねる旅でもあったのです。
もしかして義経がみちのく山形・最上川にこなかったならば、芭蕉も山形・最上川に来なかったかもしれないと言われています。

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芭蕉が一番多く滞在したのは、山形県です。事あるごとに友人の尾花沢の紅花商人である鈴木清風から山形を訪ねるようにと手紙があったのではと思われます。 それは「尾花沢で広い畑の中に一枚だけ早く花をつける紅花の”半夏一つ咲き”を見てもらいたい、そして、どの花よりもその花は早く散っていく。義経の生涯と重なり合うのでぜひ見てもらいたい。」 という内容の手紙に目がいったのではないかと考えられます。

・紅花の1つ咲き
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・義経公東下り絵巻 21枚のうち18場面が最上川で最古の絵
 (仙人堂から川を挟んで目の前に見える)
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小生(芳賀由也)執筆の小説「芭蕉と最上川」にも書いています。

現在も好きな人(本や映画など)の足跡を訪ねてみたいという願望はどの時代でも同じでないでしょうか?

コーヒー豆は腐れないので旅先に持っていけます。芭蕉はコーヒー豆そすり鉢の中に入れてすりこぎで砕き、 仙人堂のわき水でコーヒーをたて義経を偲びながら飲んだのでは…と思うとロマンが一層膨らみます。


・芭蕉が最上川を訪れた時の水の色と緑をイメージして造りました。
 「芭蕉が飲んだのでは・・・」というコーヒーカップ
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芭蕉が詠んだ句の人気投票のことが朝日新聞(2008年5月14日)1ページに紹介されていました。 やはりその人気No.1は最上川の「五月雨を集めて早し最上川」でした。


・朝日新聞に紹介された人気No.1の句

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最上川船下り義経ロマン観光
芳賀由也

【連載シリーズ其の8】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズその8

「これほどまでの著名人が仙人堂わき水コーヒーを評価している」

各界で活躍の多くの著名人が仙人堂を訪ね、わき水コーヒーに驚きの感想を話されています。

・作家、医学博士 斎藤 茂太さん
「芭蕉とコーヒーを結びつけるなんて実にロマンがあって楽しいですね」

・「アッチャン」でおなじみの漫画家 岡部 冬彦さん
「仙人堂わき水コーヒーだけは飲んできた方がいいと勧めている」

・テレビ番組「兼高かおる世界の旅」で憧れの兼高かおるさん
「最上川という古さを感じるものと、仙人堂という300年(建て直しから)の側で、 コーヒーを飲む、この不思議な雰囲気は素晴らしいものがあります。」

・トイレットペーパー博士として著名な慶應義塾大学名誉教授 西岡 秀雄さん
「芭蕉が仙人堂でコーヒーを飲んだことはあまりにもユニークで、 非常に興味を持つ大きな材料でその発想が何とも言えない。」

・三浦 雄一郎さんがエベレストからパラシュート滑降したときの隊長で、
 作家の藤島 泰輔さん
「冬の仙人堂を見ながらわき水で入れたコーヒーにはビックリした。
大変意外性があっていい。パリと東京には半々住んでいるが、 突然ガラっと変わった日本的な風景を味わって、非常に感慨深い」

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・漫画家のヒサ クニヒコさんは仙人堂わき水コーヒーのイメージを色紙に描いて下さいました。

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↑イラスト ヒサ クニヒコさん



※こんなにもロマン膨らむ仙人堂わき水コーヒー義経が仙人堂に来たからこそ
 ロマンいっぱいになる!

次回、その9をお楽しみに!

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【連載シリーズ其の7】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズその7

◎マスコミで仙人堂わき水コーヒーが紹介された主な番組

・平成5年10月21日 NHK「ひるどき日本列島」で全国生中継(約10分間)

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・平成6年3月1日 TBSテレビ「ビッグモーニング」
稲川淳二さんが芭蕉の衣装を身について芭蕉が飲んだわき水コーヒーはどこかということで仙人堂に訪れる(約10分間)

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・他多数


ビートルズの「イエスタディ」が流れる新宿コマ劇場前の喫茶店でのドアボーイのアルバイトから始まったコーヒーと私の出会い。
やはりここでも出会いは、”縁を結ぶ”ということで、まさかあれから時を越えて全国に知られる行列できる「仙人堂わき水コーヒー」になるとは、 その時予期もしませんでした。

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※本当に出会いは不思議です。
 あるきっかけから多くの著名人が仙人堂を訪ね、
 「仙人堂わき水コーヒー」のすばらしさをコメントして下さいました。

  次回その8をお楽しみに!

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【連載シリーズ其の6】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

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全日本コーヒー協会「Coffee Break vol.80(平成26年8月31日に発行)」

連載シリーズその6

「わき水コーヒーがテレビで最初に放送されたこと」

仙人堂わき水コーヒーが、マスコミで最初に報じられたのは、 山形放送(YBC)のテレビでした。(平成3年2月12日)

最上川雪見船のお客様が仙人堂に参拝した後、 雪の中で洒落たコーヒーカップでわき水コーヒーを美味しいと飲んでいる様子が映し出されたのです。
それも船でしか行けない仙人堂でのこのシーンはあまりにも多くの人の目に止まったようです。

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その時のカメラマンさんは、報道部の本間和夫でした。
本間さんは、「一杯のコーヒーから自然環境保護の大切さ」をご理解下さったからこそニュースで取り上げて頂いたのだと 思います。
この報道が、「仙人堂わき水コーヒー」のデビューで、今日、日本全国の人たちに「山形県には素晴らしい水がある」 ということを教えてくれたと言っても過言ではありません。

それ以来、多くのマスコミに「仙人堂わき水コーヒー」が取り上げられるようになりました。

当時のカメラマンだった本間和夫さんは、現在、山形放送の代表取締役社長で、 日頃いつもお世話になっております。

テレビ番組「兼高かおる世界の旅」でお馴染みの兼高かおるさんは、 全日本コーヒー協会の「Coffee Break vol.80(平成26年8月31日に発行)」にこのわき水コーヒーを紹介して下さいました。

時の流れは本当にお不思議だと思います。

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※他にもどのようなマスコミで紹介されたのか、  次回その7をお楽しみに!


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【連載シリーズ其の5】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズ5 「仙人堂のわき水は、26項目の水質検査に合格している」

仙人堂わき水コーヒーの話題が多くの人に耳にするようになると、一部の人が妬みというのだろうか。
水の検査をしていないわき水でコーヒーを飲ませているという情報が寄せられました。

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一瞬、やはりここでも妬みと取られらるような情報を流す人がいるものだと思いました。
反面、これほどまでに評判のわき水コーヒーになっているのだと知り嬉しくも思いました。

ある時、一流ホテルのレストランが提供するエビや肉などの産地を偽装して出していることがマスコミで報じられました。

DSC00066 NHKテレビ「昼どき日本列島」に紹介されました。→







弊社は、それ以来、26項目の水の検査に合格している旨の検査表をパンフレットなどに紹介するようしたのです。
これ以来、さらに仙人堂のわき水コーヒーの価値、知名度がアップとなり行列ができるようになりました。

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情報発信することの大切さ、わき水コーヒーからも教えられました。

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【連載シリーズ其の4】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

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連載シリーズその4「地図にも観光雑誌にも紹介されていない仙人堂だったが…」

仙人堂の歴史は素晴らしいものがありますが、観光雑誌や地図にも載っていませんでした。
ところが、その仙人堂に上陸し、わき水コーヒーを案内すると、「コーヒーを飲ませるためにここに上陸させたのか」 というクレームのようなことがお客様から寄せられ旅行エージェントの添乗員報告にその旨が 指摘されていたことを企画担当者から電話が入るものでした。

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一方、「暑いときは、なぜ冷たいものがないのか、寒い時は、あったかい物を扱っていないのか」とクレームのような声が多くありました。 その度に、発泡スチロールの箱にアイスクリームを入れて売っていたことを昨日のように思い出します。

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↑イラスト 滝谷節雄

芭蕉から以心伝心となって私に教えてくれた仙人堂わき水コーヒーが今このようにいろいろな経過から全国区に躍り出ようとは…。

やはり、成功、失敗に関わらず、信念を持って先に進んだからこそ、 多くの人たちに愛されるわき水コーヒーになったのだと思います。

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※それでは、なぜこんなにも受けるようになったのだろうか、
 次回その5をお楽しみ下さい。


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【連載シリーズ其の3】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

―旅のキーポイントは、あの頃を思いおこさせる演出が大切だ―

連載シリーズその3 「芭蕉の頃、その時代にコーヒーがあったなんて、、といいますが?」

日本のコーヒー史には、約300年前の1690年頃にオランダ人が長崎の出島で日本人にコーヒーを供したと記されています。
ところが芭蕉が奥の細道の旅に出たのは、元禄2年西暦1689年です。
時代的にはピッタリ合います。芭蕉はその頃江戸にいたと想像できます。江戸には情報が早く入ってきます。文化人なので各分野の人の交流も多く、お茶会などにもよく出ていたに違いありません。

ある時「芭蕉さん、日本に珍しい飲み物が入ってきましたので一服おつけになってはいかがですか」と勧められてもおかしくありません。むしろ自然です。
芭蕉はコーヒーを飲んでとても美味しかったのだと想像できます。
コーヒー豆は腐りにくく旅先に持っていけます。
こうして芭蕉は仙人堂で、今も昔も変わらない美味しいわき水コーヒーを、縁の下でリッチに飲んだといっても決しておかしくない推理です。

―と説明して以来、仙人堂の名物はわき水コーヒーとなって全国に伝わっていきました。 誰でも、仙人堂でわき水コーヒーを飲みながら最上川の流れを見たならば、きっと新しい発想が湧いてくと思います。私はそれを「仙人堂的発想」と呼んでいます。

芭蕉は、仙人堂のまろやかなわき水で入れたコーヒーの味を楽しみながら疲れを癒し、生命力の原点である水の大切さを噛み締めていたのかもしれません。

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「おそらく芭蕉は、仙人堂を訪れる人に一杯のコーヒーを通して水、つまり自然環境保護の大切さを教えてくれ」と私に以心伝心となって伝わったからこそわき水コーヒーの誕生になったのです。

日本で自然環境保護を最初に問いかけた人は、芭蕉なのかもしれませんね。

皆様方は果たしてどのようにお考えですか?

今、そのロマンが仙人堂で長い行列となって始まっているのです。 だが、この推理が支持されていたものの、さらに今日、不動のロマンを与えるまでは紆余曲折があったのです。

※次回その4をお楽しみに!

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【連載シリーズ其の2】 なぜ、仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

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↑イラスト 滝谷節雄


―旅のキーポイントは、あの頃を思いおこさせる演出が大切だ―
なぜ、仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズその2
「芭蕉とコーヒーの推理 ―わき水でリッチに飲んだ―」

人との出会い、時の流れは人生を大きく変えることがあります。
大学時代、東洋一のチェーン店を誇る喫茶店「マイアミ」でのドアボーイから始まったコーヒーとの出会い。それから2年後、チューインガム・チョコレートの「ロッテ」に入社した私は、28歳のとき脱サラし、最上川船下り義経ロマン観光を経営。
観光コースの中にある船でしか行けない、仙人堂での名古屋のある人との出会い(平成元年)が最上川に訪れる多くの人々に、ロマンを膨らませようとはその時は思ってもいませんでした。

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「松尾芭蕉は果たして仙人堂でわき水コーヒーを飲んだのだろうか・・・?」

1989年から3年間、毎日仙人堂の整備に当たっていた私は、なぜか仕事の合間にコーヒーを飲みたくなったものでした。それもひきたてコーヒーです。仙人堂前でその歴史を説明している時でした。
ある人から堂内にあるすりこぎのような物はなんですかと聞かれたのです。 私はとっさに答えました。「芭蕉が持ってきた、コーヒー豆をすり鉢に入れてすりこぎで細かく砕いた時のすりこぎです」その人は何のためらいも無く納得したといった様子でした。
なぜ私がそう説明できたのか、今でも不思議でなりません。仙人堂の歴史を復活させたことで、感謝した芭蕉が私にそう言わせたのかもしれません。
説明したことが本当かどうか気になり、その夜スーパーからすり鉢とすりこぎを購入し、コーヒー豆を砕いて見ました。確かに砕けるではないですか。それは粗びきコーヒーでした。芭蕉は粗く砕いたコーヒー豆を3回ほど繰り返し煮出し、その上澄みを飲むトルコ式で飲んだのではと推理しました。

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ですが、果たして私の推理が時代的に合っているでしょうか?

※次回その3をお楽しみに!

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芳賀由也

【連載シリーズ其の1】 なぜ、仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

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― 旅はあの頃を思い起こさせる演出がキーポイント ―

連載 シリーズその1


私とコーヒーの出会いは、大学2年の時、新宿歌舞伎町コマ劇場の近くにあった喫茶店「マイアミ」での深夜アルバイトからでした。


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森進一のデビュー曲「女のためいき」がよく耳にし、そして、店内はビートルズの「イエスタディ」や「ガール」が流れていました。

今思えば、仙人堂のわき水コーヒーの誕生は、荒れ果てていた仙人堂周辺の竹やぶを切り開き、花を植え、大自然の中でのリヤカーコーヒーショップからでした。

おそらく世界で「リヤカーコーヒーショップ」の1号店は、ここ仙人堂に思えてなりません。ちなみに世界で最初のカフェは、パリの「カフェ・プロコプ」(1686年)でした。


喫茶店での私の仕事は、ドアボーイでした。ドアを開ける時の頭を下げる角度、いらっしゃいませの発声など、マスターから何度も注意されながら一人前になっていきました。 また、大学教授から時間が空いている時は、社会勉強のためのアルバイトが後で役に立つと教えられたものでした。

こうした過程を経て、今、全国的に有名になった行列のできるわき水コーヒーになろうとは、、、
その時は、知るよしもありませんでした。
そして「芭蕉もわき水コーヒーを飲んだのでは・・・」というキャッチフレーズは、夢とロマンを膨らませ日頃の疲れを癒してくれます。


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次回!その2をお楽しみに!

最上川船下り義経ロマン観光
芳賀由也