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「兼高かおる世界の旅」でおなじみの兼高かおるさんと5月26日(平成27年)「銀ブラ」を楽しんできました

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「銀ブラ」は語源を辿ると日本で最初の喫茶店「カフェ パウリスタ(明治44年)」でブラジルコーヒーを飲むことだと兼高かおるさんから聞いて新発見でした。 1枚5銭という安さで、芥川龍之介や与謝野晶子、菊池寛など文豪たちにも愛されたカフェでした。

約3時間の楽しいひとときは最高でした。

特に私が45年前、ロッテのサラリーマンの時、30日間休憩をとり、世界一周したことなど、世界の旅の話でつきませんでした。

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大学生の時、新宿歌舞伎町の喫茶店でのアルバイトからコーヒーとの出会いが始まり、時を超えて船でしか行けない最上川の仙人堂で行列ができるわき水コーヒーになりました。

そして、兼高かおるさんと日本で最初の喫茶店「カフェ パウリスタ」にご一緒しました。

兼高かおるさんに憧れ、世界一周することが夢。そして、兼高かおるさんと実際にお会いして世界の旅を語ることが次の夢でした。

最上川舟下りを楽しみながら途中船から降りて世界で初めてといわれる「仙人堂野外カフェ・リヤカーコーヒーショップ」で仙人堂わき水コーヒーを飲むことが非常に人気になっています。 とにかく縁が結ばれるといっても過言ではありません。

この仙人堂のわき水コーヒーの縁で銀座のカフェ パウリスタで兼高かおるさんと世界のお話しをするなんて考えてもみませんでした。

※ちなみに世界で初めての喫茶店はトルコのコンスタンチノーブル(1552年)フランス1号店は、パリの「カフェ・プロコプ(1686年)」

今、兼高かおるさんからのご指導で仙人堂野外カフェも誕生しました。

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兼高かおるさんは、全日本コーヒー教会発行のCoffeeBreak(平成26年8月31日)にも次のように紹介頂いております。

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日本でも、コーヒーにまつわるこんなエピソードが。
「山形県の最上川の観光船で川べりに建つ仙人堂の前を通ると、船頭が、”ここで芭蕉がコーヒーを飲んだ”と言うのです。 仙人堂は源義経が立ち寄ったとされるお堂で、芭蕉の『奥の細道』にも登場する場所。芭蕉が奥の細道を辿ったのは17世紀末 のことで、長崎の出島にコーヒーが持ち込まれたのもその頃。とすれば、そういうこともあったかもしれないと推察できる。 旅をすれば、歴史の新説に出会うこともあります。まだ、知らないことがたくさん。だからこそおもしろい。 私の人生の旅もまだまだ続いていきそうです」

テレビ番組「兼高かおる世界の旅」の憧れの兼高かおるさんとの出会いは仙人堂から

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31年間160ヵ国を巡り、日本全国のお茶の間を魅了し続けてきたテレビ番組、「兼高かおる世界の旅」。
私はいつも母と一緒にテレビの前で世界旅行を夢見ていました。

27歳の時でした。兼高かおるさんに憧れ、私は会社から特別休暇を頂き、ついに30日間世界一周の旅に出たのです。 それから20数年の時を経て兼高かおるさんから仙人堂に行ってみたいという電話が自宅に入ったのです。まさかと思いました。夢ではありませんでした。

ちょうど山形さくらんぼが色付き始めた頃でした。
まさかと信じられない思いで、一瞬戸惑ったことを忘れることはできません。 あの兼高かおるさんが仙人堂に来られると考えただけで、心が何度も震えました。

DSC00102 以来、兼高かおるさんに多くのご指導を頂くまでになりました。「情報を発信することの大切さ」「まず行動してみること」「あるものをどう活用するか」どれをとっても私の考え方に大きな影響を与えています。
その後、私が送った「やまがた雛のみち」の山形新聞の記事がきっかけで「横浜人形の家」(館長 兼高かおる)主催のお雛様ツアーが催され各地のお雛様を見に歩きました。山形県内はもちろん、九州、飛騨高山、信州、越後の雛祭りにご一緒し、人形について多くのことを教えていただきました。

DSC00103 世界中を見続けている兼高かおるさんと山形県内の旅を含めて日本の旅を 六十日以上もご一緒しております。
最近もそうですが、まさに世界中をご一緒に旅しているような思いです。 仙人堂には3回来られています。
「仙人堂の縁結び力」は、やはり、不可能を可能にしてくれると言っても過言ではありません。


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H9.2.22 山形新聞 やまがたひな雛のみちを送った記事


最上川船下り義経ロマン観光
芳賀由也