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45年前、30日かけて世界一周を果たし、そして今、最上川舟下りガイドを3万回達成した男があかす最上川の知られざる風景

ご存知でしたか?最上川峡の4大風景は必見!

 

<JR陸羽西線高屋駅から眼下に見る最上川は文学的>

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ビューポイントその1


明治の文豪田山花袋は「初めて最上川の溶々たる流れを見た時わが心はいかに踊り、わが胸はいかに震えし…」と記している。まさに高屋駅から見る風景は、田山花袋と重なる。

「JR高屋駅から徒歩2分がおもしろい」で今話題になっている高屋駅。また次のキャッチフレーズも非常に受けている。
「誰も知らなかった乗船受付所・乗船場がある高屋駅。そこには車の回送料が不要で仙人堂に行くもう一つの最上川舟下り会社があった。」
まさに驚きで人の心理をくすぐるからおもしろい。


<川のむこう仙人堂から上流を見る最上峡は、古今和歌集の世界>

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ビューポイントその2


最上川という文字が最初に文学に現れた風景で、平安時代の「古今和歌集」の和歌に詠まれている絶景である。その中に、最上川最古の絵「義経公東下り絵巻」に描かれている鵜止沢(現・有田沢)も国道下に見てとれる。また、芭蕉の紀行文「奥の細道」に現れる風景でもある。そして、絵本の舞台になっているここ仙人堂は、今1000年の時を越えて「百人一首」と「古今和歌集」の恋物語がよみがえり、「夢のまた夢を叶える仙人堂の縁結び力」となって話題になっている。
(本「仙人堂の縁結び力」は必読!)


<川を上る船上から真正面に見える風景は、郷愁とロマンが漂う>

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ビューポイントその3


ほとんどの人は、船で川を上るという発想はない。なのに最上川舟唄だけは聞きたがる。それは、あの頃を思い出させてくれるからである。今、不可能を可能にした川上りの実現によって本来の舟唄の風景に出会う。

最上川を舟で上った人物は源義経、下った人物は松尾芭蕉。芭蕉の「奥の細道」は義経の足跡を訪ねる旅だった。上り下りの前面に広がる見事な風景は、義経と芭蕉の思いにふけることができる。
(ちなみに最上川舟唄のメインストーリーは川上である。)



<白糸の滝ドライブイン館内から見る白糸の滝と最上川>

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ビューポイントその4

ドライブインには、高屋駅の乗船受付所から車で2分で行くことができる。この白糸の滝は、船上から見るよりドライブイン館内から目の高さで見る風景は最高である。松尾芭蕉をはじめ文人墨客の歌に現れる風景を真近から見ることができる。

紀行文「奥の細道」に芭蕉は”…白糸の滝は青葉の隅々に落ちて仙人堂岸に臨み立つ…五月雨をあつめて早し最上川”と記している。
(レストラン、おみやげ販売、コンビニも完備)

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船で行く最上川の「縁ぶら」は一挙に大人気!

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最上川の「縁ぶら」を知っていますか

船で行く最上川の「縁ぶら」は一挙に大人気!

―仙人堂わき水コーヒーを飲みに行くのが「縁ぶら」―

仙人堂の渡し500円(乗船料金)で行くのもよし、
通常コースの最上川舟下り1,900円(乗船料金)を利用されるのもよし、

ちなみに「銀ブラ」という言葉がありますが、語源を辿ると日本で最初の喫茶店「カフェ パウリスタ(明治44年)」でブラジルコーヒーを飲むことだと知りました。

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今、最上川でも舟下りをしながら縁結びパワースポットの仙人堂公園野外カフェ「リヤカーコーヒーショップ」であの「仙人堂わき水コーヒー」を飲むのが「縁ぶら」と若い人からいつのまにか言われるようになりました。


大学時代、新宿の歌舞伎町の喫茶店でのアルバイトがコーヒーとの出会い。時を超えてリヤカーの上で銘水のわき水で入れる「仙人堂わき水コーヒー」は行列ができ全国的に有名になっています。

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そして、最上川を見ながら野外カフェのパラソルの下での一時はエーゲ海のクルーズで島めぐりをしているようです。
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「縁ぶら」のコーヒーとお似合いのスィーツ
・5つの初恋の味のする「縁結びおこし」(菓子)
・ぼたもち(この場合は要予約)

なぜ「縁ぶら」の「縁」がつくのですか。仙人堂は縁結びいっぱい!
・アル・ケッチャーノのオーナーシェフ奥田政行さんは仙人堂で結婚式を挙げました。店舗開業の時も祈願に来ています。
・「孫」の大泉逸郎さんは仙人堂でヒット祈願されました。

・仙人堂の名物として「縁結び切符」がNHKテレビ「あさイチ」のスタジオから全国に紹介されました。
・仙人堂には幸せを呼ぶ四つ葉のクローバーがいっぱい!
・全国からお礼参りに多くの人が訪れています。
・仙人堂は日本のパワースポットとして世界に配信!
その視聴率は23%だったと、NHKインターナショナルより連絡がありました。
・仙人堂を舞台に、義経ロマン観光で書いた小説「五月雨の頃」が映画化にノミネートされました。また仙人堂は、小説「義経と最上川」「芭蕉と最上川」の舞台地にもなっています。
・2014年、芥川賞にノミネートされた戌井昭人さんも仙人堂を訪れています。(2014年川端康成賞を受賞)
・SMAP全員のサインをいただいたのは、仙人堂で出会った人と人との出会いからです。仙人堂のパワーは不可能を可能にしてくれます。

まず 縁結びステーション高屋駅(JR陸羽西線)で受付
―最上川の絶景をご覧下さい。小説の舞台地になっています。―

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高屋の縁結びのりば
―たばこをやめられる石もあります―

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縁結びライン(最上川舟下り義経ロマン観光)
―あの仙人堂にも行きます―

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縁結びパワースポットの仙人堂
―四ツ葉のクローバーもいっぱい、外国人も訪ねています―

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今、仙人堂公園野外カフェは大人気

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世界の旅の兼高かおるさんに5月26日(H27)銀座8丁目にある日本最初の「カフェ パウリスタ」(明治44年)でブラジルコーヒーを飲みました。これが「銀ブラ」と知りました。 最上川の「縁ぶら」はこのようなことから誕生し話題になっています。

ぜひ遊びに来て下さい。

「兼高かおる世界の旅」でおなじみの兼高かおるさんと5月26日(平成27年)「銀ブラ」を楽しんできました

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「銀ブラ」は語源を辿ると日本で最初の喫茶店「カフェ パウリスタ(明治44年)」でブラジルコーヒーを飲むことだと兼高かおるさんから聞いて新発見でした。 1枚5銭という安さで、芥川龍之介や与謝野晶子、菊池寛など文豪たちにも愛されたカフェでした。

約3時間の楽しいひとときは最高でした。

特に私が45年前、ロッテのサラリーマンの時、30日間休憩をとり、世界一周したことなど、世界の旅の話でつきませんでした。

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大学生の時、新宿歌舞伎町の喫茶店でのアルバイトからコーヒーとの出会いが始まり、時を超えて船でしか行けない最上川の仙人堂で行列ができるわき水コーヒーになりました。

そして、兼高かおるさんと日本で最初の喫茶店「カフェ パウリスタ」にご一緒しました。

兼高かおるさんに憧れ、世界一周することが夢。そして、兼高かおるさんと実際にお会いして世界の旅を語ることが次の夢でした。

最上川舟下りを楽しみながら途中船から降りて世界で初めてといわれる「仙人堂野外カフェ・リヤカーコーヒーショップ」で仙人堂わき水コーヒーを飲むことが非常に人気になっています。 とにかく縁が結ばれるといっても過言ではありません。

この仙人堂のわき水コーヒーの縁で銀座のカフェ パウリスタで兼高かおるさんと世界のお話しをするなんて考えてもみませんでした。

※ちなみに世界で初めての喫茶店はトルコのコンスタンチノーブル(1552年)フランス1号店は、パリの「カフェ・プロコプ(1686年)」

今、兼高かおるさんからのご指導で仙人堂野外カフェも誕生しました。

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兼高かおるさんは、全日本コーヒー教会発行のCoffeeBreak(平成26年8月31日)にも次のように紹介頂いております。

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日本でも、コーヒーにまつわるこんなエピソードが。
「山形県の最上川の観光船で川べりに建つ仙人堂の前を通ると、船頭が、”ここで芭蕉がコーヒーを飲んだ”と言うのです。 仙人堂は源義経が立ち寄ったとされるお堂で、芭蕉の『奥の細道』にも登場する場所。芭蕉が奥の細道を辿ったのは17世紀末 のことで、長崎の出島にコーヒーが持ち込まれたのもその頃。とすれば、そういうこともあったかもしれないと推察できる。 旅をすれば、歴史の新説に出会うこともあります。まだ、知らないことがたくさん。だからこそおもしろい。 私の人生の旅もまだまだ続いていきそうです」

新しく便利になった乗船受付の高屋駅

義経ロマン


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車の回送料がいらない最上川船下り

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義経ロマン









【著者のことば】 四十五年前三十日かけて世界一周を実現


私は、最上川の雨の日も風の日もあらゆる角度から38年間見続けて4万回のガイドを達成した。
最上川雪見船を商品化し、義経と芭蕉の歴史が刻まれていたにもかかわらず埋もれていた歴史文化遺産仙人堂を完全によみがえらせた。
そして、不可能だった川上りを実現し今話題になっている。
だが、最上峡には、一社の舟下りしかないかのように思われている。
だからかもしれない。最上川の素晴らしい魅力が表に出てこない。
それは私の力のなさだと痛切に感じている。最上川という公共の場で営利事業を営む私にとってその魅力を表に出すことが、責務だと思い「仙人堂の縁結びの力」の本を書いたのである。


【主な目次】
・ロッテ精神が最上川雪見船や仙人堂復活の原動力なった

●プロローグ
・夢を叶える縁結びとは
・アルケッチャーノの奥田政行さんが結婚式を挙げた仙人堂はどんなところ

●兼高かおるさんとの夢のまた夢を叶えた仙人堂

●父、茂吉の夢でもあった鳥海登山を達成した斉藤茂太さん

●時を超えて「ベルサイユのばら」原作者 池田理代子さんとの出会い

●仙人堂になぜこれほどまでに執着するのか
・貴重な歴史復活への挑戦
・どのような方法でよみがえらせたのか
・花を咲かせて旅人を歓迎したい
・義経を最上川によみがえらせたい

●「芭蕉も飲んだ・・・?」仙人堂わき水コーヒーになぜ行列ができるのか

●本をなぜ書くのか

●寒さを商品にした雪見船から教えられる地域貢献とは

●駅なのに船の乗船受付が高屋駅に

●兼高かおるさんの教えが誕生させてその事例とは
・情報を発信することの大切さ
・まず行動してみること
・あるものをどう活用するか
・あきらめないこと

●なぜ無名人が著名人と対談できるのか(山形の魅力ついて)
・斉藤茂太 ・池田理代子 ・今井通子 ・兼高かおる
・新田嘉一 ・加藤紘一  ・下重暁子 ・若草恵
・杉田房子 ・秋山庄太郎 ・佐高信  ・斉藤弘一
・野田聖子 ・中村浩美  ・船山龍二 ・平松守彦
・道場六三郎 ・・・敬称略


最上川船下り義経ロマン観光
芳賀由也

【連載シリーズ其の9】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズ 9 「義経が最上川に来なかったならばロマンあふれる芭蕉と仙人堂わき水コーヒーの関係は語れなかったに違いありません。 まさかこのわき水コーヒーが義経まで遡ろうとは…」

松尾芭蕉の奥の細道は、義経の足跡を訪ねる旅でもあったのです。
もしかして義経がみちのく山形・最上川にこなかったならば、芭蕉も山形・最上川に来なかったかもしれないと言われています。

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芭蕉が一番多く滞在したのは、山形県です。事あるごとに友人の尾花沢の紅花商人である鈴木清風から山形を訪ねるようにと手紙があったのではと思われます。 それは「尾花沢で広い畑の中に一枚だけ早く花をつける紅花の”半夏一つ咲き”を見てもらいたい、そして、どの花よりもその花は早く散っていく。義経の生涯と重なり合うのでぜひ見てもらいたい。」 という内容の手紙に目がいったのではないかと考えられます。

・紅花の1つ咲き
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・義経公東下り絵巻 21枚のうち18場面が最上川で最古の絵
 (仙人堂から川を挟んで目の前に見える)
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小生(芳賀由也)執筆の小説「芭蕉と最上川」にも書いています。

現在も好きな人(本や映画など)の足跡を訪ねてみたいという願望はどの時代でも同じでないでしょうか?

コーヒー豆は腐れないので旅先に持っていけます。芭蕉はコーヒー豆そすり鉢の中に入れてすりこぎで砕き、 仙人堂のわき水でコーヒーをたて義経を偲びながら飲んだのでは…と思うとロマンが一層膨らみます。


・芭蕉が最上川を訪れた時の水の色と緑をイメージして造りました。
 「芭蕉が飲んだのでは・・・」というコーヒーカップ
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芭蕉が詠んだ句の人気投票のことが朝日新聞(2008年5月14日)1ページに紹介されていました。 やはりその人気No.1は最上川の「五月雨を集めて早し最上川」でした。


・朝日新聞に紹介された人気No.1の句

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最上川船下り義経ロマン観光
芳賀由也

【連載シリーズ其の8】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズその8

「これほどまでの著名人が仙人堂わき水コーヒーを評価している」

各界で活躍の多くの著名人が仙人堂を訪ね、わき水コーヒーに驚きの感想を話されています。

・作家、医学博士 斎藤 茂太さん
「芭蕉とコーヒーを結びつけるなんて実にロマンがあって楽しいですね」

・「アッチャン」でおなじみの漫画家 岡部 冬彦さん
「仙人堂わき水コーヒーだけは飲んできた方がいいと勧めている」

・テレビ番組「兼高かおる世界の旅」で憧れの兼高かおるさん
「最上川という古さを感じるものと、仙人堂という300年(建て直しから)の側で、 コーヒーを飲む、この不思議な雰囲気は素晴らしいものがあります。」

・トイレットペーパー博士として著名な慶應義塾大学名誉教授 西岡 秀雄さん
「芭蕉が仙人堂でコーヒーを飲んだことはあまりにもユニークで、 非常に興味を持つ大きな材料でその発想が何とも言えない。」

・三浦 雄一郎さんがエベレストからパラシュート滑降したときの隊長で、
 作家の藤島 泰輔さん
「冬の仙人堂を見ながらわき水で入れたコーヒーにはビックリした。
大変意外性があっていい。パリと東京には半々住んでいるが、 突然ガラっと変わった日本的な風景を味わって、非常に感慨深い」

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・漫画家のヒサ クニヒコさんは仙人堂わき水コーヒーのイメージを色紙に描いて下さいました。

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↑イラスト ヒサ クニヒコさん



※こんなにもロマン膨らむ仙人堂わき水コーヒー義経が仙人堂に来たからこそ
 ロマンいっぱいになる!

次回、その9をお楽しみに!

最上川船下り義経ロマン観光
芳賀由也

【連載シリーズ其の7】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

連載シリーズその7

◎マスコミで仙人堂わき水コーヒーが紹介された主な番組

・平成5年10月21日 NHK「ひるどき日本列島」で全国生中継(約10分間)

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・平成6年3月1日 TBSテレビ「ビッグモーニング」
稲川淳二さんが芭蕉の衣装を身について芭蕉が飲んだわき水コーヒーはどこかということで仙人堂に訪れる(約10分間)

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・他多数


ビートルズの「イエスタディ」が流れる新宿コマ劇場前の喫茶店でのドアボーイのアルバイトから始まったコーヒーと私の出会い。
やはりここでも出会いは、”縁を結ぶ”ということで、まさかあれから時を越えて全国に知られる行列できる「仙人堂わき水コーヒー」になるとは、 その時予期もしませんでした。

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※本当に出会いは不思議です。
 あるきっかけから多くの著名人が仙人堂を訪ね、
 「仙人堂わき水コーヒー」のすばらしさをコメントして下さいました。

  次回その8をお楽しみに!

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芳賀由也

【連載シリーズ其の6】 なぜ仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

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全日本コーヒー協会「Coffee Break vol.80(平成26年8月31日に発行)」

連載シリーズその6

「わき水コーヒーがテレビで最初に放送されたこと」

仙人堂わき水コーヒーが、マスコミで最初に報じられたのは、 山形放送(YBC)のテレビでした。(平成3年2月12日)

最上川雪見船のお客様が仙人堂に参拝した後、 雪の中で洒落たコーヒーカップでわき水コーヒーを美味しいと飲んでいる様子が映し出されたのです。
それも船でしか行けない仙人堂でのこのシーンはあまりにも多くの人の目に止まったようです。

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その時のカメラマンさんは、報道部の本間和夫でした。
本間さんは、「一杯のコーヒーから自然環境保護の大切さ」をご理解下さったからこそニュースで取り上げて頂いたのだと 思います。
この報道が、「仙人堂わき水コーヒー」のデビューで、今日、日本全国の人たちに「山形県には素晴らしい水がある」 ということを教えてくれたと言っても過言ではありません。

それ以来、多くのマスコミに「仙人堂わき水コーヒー」が取り上げられるようになりました。

当時のカメラマンだった本間和夫さんは、現在、山形放送の代表取締役社長で、 日頃いつもお世話になっております。

テレビ番組「兼高かおる世界の旅」でお馴染みの兼高かおるさんは、 全日本コーヒー協会の「Coffee Break vol.80(平成26年8月31日に発行)」にこのわき水コーヒーを紹介して下さいました。

時の流れは本当にお不思議だと思います。

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※他にもどのようなマスコミで紹介されたのか、  次回その7をお楽しみに!


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芳賀由也

なぜ仙人堂にこれほどまでに執着するのか 其の8

―旅のキーポイントは、あの頃を思い起こさせる演出が大切だ。―

連載シリーズ その8

「世界中の人が追い求めた黄色のコスモスが仙人堂に咲いた」

どのような花でも良いから品種を多く植えようと考えました。
私は、コスモスが好きでしたので、あじさいの周囲にその花を咲かせようとしましたが、 花のことは全くわかりませんでしたので、元酒田市議会議長で、 酒田花の会の会長の佐藤西治さんに珍しいコスモスを咲かせたい旨を相談しました。

ところが、佐藤さんが取り寄せてくれた種の中に不思議なことが起きたのです。

それは、仙人堂を訪れる観光客から「どうして黄色コスモスがここに咲いているの?」と驚きの声で聞かれました。
それは、世界中が追い求めたコスモスで、日本で品種改良に成功し黄色のコスモスがついに咲いたとテレビでつい最近紹介されたと聞いて、 私もびっくりでした。

ほんの3株の黄色コスモスと一緒に咲いた筒状八重コスモスに仙人堂を訪れる人々は、 感激でいっぱいでした。

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観光客は、さらに多くのことを教えてくれました。
このコスモスの種をオリジナルの袋に入れて、売ったならば、小さな一粒の種からも仙人堂が全国に知られていくというアドバイスでした。
早速行動に移しました。
それは非常に売れ、そして購入したお客様からは、家に咲いたこのコスモスを見た近所の方から「どこで手に入れたのか」 「こんなに美しいコスモスは初めて見た」「追加注文はできますか」などお礼のお手紙をたくさん頂きました。

一粒の小さな種からも仙人堂が紹介されていったのだと考えますと、 今でも不思議でなりません。
「縁を結ぶ」ということは、人との出会い、花との出会い、風景との出会い…といったように、末広がりになり、 夢・ロマンいっぱいにするんだと改めて教えられました。

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※チューリップ、紅花、そして、コスモス。花はどれをとっても難しいですね。
 最上川はコスモスの咲いているところまで増水するため、流されます。
 現在は,紫陽花だけになってしまいましたが、ブログで見る花は、仙人堂を訪れる人たちへの私たちの
 おもてなしの意味から植樹しましたことをご理解ください。

※次回、その9は、源義経の書状など、
 ロマンあふれる日本最大のスターである歴史上の人物義経関係を紹介します。

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芳賀由也

なぜ仙人堂にこれほどまでに執着するのか 其の7

―旅のキーポイントは、あの頃を思い起こさせる演出が大切だ。―

連載シリーズ その7
「あじさいは見事に咲いた」

河川敷にあじさいを植樹するには、国土交通省の許可が必要です。
あじさいは根がはるので最上川が増水すると紫陽花が流され根のところがえぐられるために許可がないと植樹できません。
ようやく許可がおりたので、多くの方々に声をかけ「あじさい一株運動」を展開しました。
その結果、かなりの協賛を得て、
ついに、紫陽花の花を咲かせることができました。

仙人堂は船でしか行けませんので、あじさいの苗木を運ぶ作業は大変でした。 DSC00430








広い河川敷の雑草とのたたかいは大変な仕事でした。
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ついにあじさいの花が咲き、観光客は感動でいっぱいでした。

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子供たちがあじさいの周囲を散策し、紙芝居などを見る様子を見て、 仙人堂は完全に蘇ったことを印象づけています。
※あじさいの周囲の空間がもったいなかったので、コスモスを植えたのですが、  それは、なんとも言えない不思議なことが起きたのです。
次回(その8)をお楽しみに!!!

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芳賀由也