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高付加価値観光クルーズ

その1

今、最上川観光の定番にもなった義経・芭蕉の仙人堂(外川神社)にご案内。

川の先にある仙人堂は、船から降りて28段の階段と登ると村の先にある「美女と野獣」のディズニー映画に入り込んだメルヘンいっぱいのおとぎ話のように、仙人堂は弊社で書いた義経と芭蕉の小説の世界に入り込んだような歴史ロマンいっぱいの物語である。

〇仙人堂は、約800年の歴史をもつが現在の建物は300年以上は経過しているといわれる。この建物の技術と美は、最上川を代表している。芭蕉もこの仙人堂に約300年前の元禄2年に祈願している。
舟運時代の繁栄を見続けてきた風化した2本の門柱の上に狛犬の肉球を見ることができ、その側に想像で作った像のこの2つは非常に珍しい。

〇とてつもなく大きな古い天狗の面や足駄がある。仙人堂を建立したといわれる源義経の従者常陸坊海尊は江州円城寺の法師であった。義経に従い東国に入り、ついにこの地で仙人になったという。その海尊が、時折天狗の団扇を広げ東へ西へ木から木へと跳びまわったと言われる。からす天狗の発祥の地はまさか仙人堂と言ったらあまりにもかけはなれているだろうか。
天狗の大きな6つの面は、開運招福、魔除け、商売繁盛などの縁起物である。

〇板壁に祈りごと、願いごとを書いた歴史的遺産は作家の戸川幸夫氏も指摘さえているようにとても珍しい。
江戸時代の年号なども書かれており、全国各地から訪れた様子がはっきりと記されている。現在このような形で残っているのはまれである。

〇船からおりるとまもなく石の階段を登って行くが、その階段にはめこんである岩は和歌山県の海にある砂岩である。紅花商人が関西方面に紅花や米などを運んだ時、その帰りに船のバランスをとるためにその岩を積んで帰ってきた。その砂岩が仙人堂の石段なのである。

〇新庄の殿様に子宝安産を願って新庄の家老三原正太夫が奉納した岩で造った4mの大鳥居は必見

〇京や大阪と取引した山形・大石田の紅花商人たちの航海安全を願う石灯籠(天保13年・1842年)や、清河八郎の本家斎藤家で奉納した石灯籠は、その当時の最上川舟運の繁栄ぶりを物語っている。

〇新庄藩士が、弓の術を競ったあまり見ることのできない金的額がいくつか納められている。絵馬もいくつか奉納されておりそれぞれの時代の重みをどっしりと感じさせてくれる。このことはNHKでも紹介された。

その2

義経に会える仙人堂 室内の展示資料はロマンいっぱい

■ 源義経の書状(腰越状)

私は兄頼朝の代官として、朝敵を平らげ、源氏年来の恥をそそぎました。
ほめられるべきなのに、どうしたことかとがめられています。
私が朝廷から五位尉に任ぜられるまでになったのは、源氏にとっても名誉ではないでしょうか。
命をかけて平氏を追討したのに、こんなことになってただなけくばかりです。
あなたのお力でなにとぞ兄にわが心のうちをお伝え下さい。
京の公家、大江広元にあてた手紙である。
義経が兄頼朝と一番の不仲の大きな原因になったのは、元暦元年、後白河法皇から検非違使尉を受けてからである。

■ 源義経・常陸坊海尊像のやまと絵

平安時代は高貴の人の姿をあまり写し描くのは失礼だという考え方から肖像画は普及していなかった。
しかし、絵画としての大きな位置づけをした鎌倉時代のやまと絵という似絵は崇拝の対象として正装で威儀をつくった晴の姿の肖像であったと思われる。
中国唐代の肖像画の伝統をついで荘重で静止的なものであったと推定できる。
こうした背景を考えると発見された義経たちのこうした肖像画はまさに鎌倉時代の似絵を象徴しているといっても過言ではないだろう。

■ 最上川のほとりで発見されたこの通貨は義経からさらに平清盛の日宋貿易までタイムスリップさせる

発見された通貨の実物はなかなか見ることができないと言う。また、「鎌倉時代に通貨は使われていたのか」とよく聞かれると言う。そのことからみても最初の通貨の使用に関心があるからだと思われる。当時、通貨をつくる技術は日本ではあまり発達していなく、中国から輸入され、それが鎌倉時代にかなり流通していた。
発見された6点の通貨の内、その1点は、1161年から1189年の「大定通宝」でまさに義経と兄頼朝との不仲が決定的となった1184年元暦元年から義経が平泉の近くの衣川で自害する1189年文治5年の中にあり、書状とやまと絵が一緒に発見されたこの通貨からも新しい歴史ロマンが生まれようとしている。

■ 源義経公東下り絵巻中十八段の最上川の場面

この絵巻には、義経のみやこ落ちの絵が21枚描かれている。
そのうちの1枚(18場面)は、義経が最上川に流れる沢の中の鵜をみている絵である。
この絵巻は平泉中尊寺大長寿院に蔵されているもので、特別に許可をいただき複製したものである。
絵の中に次の様に最上川のことが書かれている。

…ほどなく最上川のほとりを去らせ給いけり。かの最上川のほとりに奇異なる石あり。その石の上に鵜といふ鳥あまたに遊びけり。御台所御覧じて一首遊ばしけり。
最上川 いかなる神の 誓ひにや
浮いたる石の 流れざるらん
古歌にいはく。最上川上れば下る稲舟の稲にはあらずこの月ばかりと侍るを思い出させ御心に思召す様は憐れ憐れ。願わくば下れば上るにとなさばやとぞ思いつつけさせ給う。

絵に描かれている沢は、仙人堂真向いの国道47号線下にある有田沢である。
舟運時代の古絵図にはウドサハと記されている。昔は鵜止沢と呼ばれていた。
また最上川という文字が最初に文学に表れた古今和歌集巻20の読人不知の歌
「最上川 のぼればくだる 稲舟の 稲にはあらず この月ばかり」
は、この絵の中で紹介されている。
従って、この歌も仙人堂からみた風景を詠んだと思われる。
このような解明がまた新しいロマンを誕生させる。

その3

最上川舟下り義経ロマン観光(トークライブクルーズ)就航50周年記念プレキャンペーン!

仙人堂の特別企画展 開催中!(年内)

東京ディズニーランドの発想から誕生した
最上川トークライブクルーズ(義経ロマン観光)に乗って見に行きませんか
仙人堂での滞在は自由(水洗トイレ完備)

義経ロマン観光の最上川舟下りは
非常にお得で便利・仙人堂にもごあんない

往復60分のガイド付周遊コース
車はそのままで取りに行く必要もなく
回送料は不要

世界の旅「兼高かおる山形の旅」写真展

ホワイトハウスにて時の大統領ジョン・F・ケネディを訪ねて、英国ウェールズにてチャールズ皇太子とのインタビューを叶える。
スペイン、サルバドール・ダリの自宅にて。南極マクマード基地。世界一周早回りで73時間9分35秒の新記録を樹立して羽田空港に帰国 他。

山形県内120ヶ所の観光地を訪ねる。その主な写真、メジャーな所からこのような場所に迄(例:飛島・やかい城等)
※詳しくは私・芳賀がFMハーバーラジオでパーソナリティを務めている「最上川仙人堂通信」(ポッドキャスト)検索でスマホからその説明を聴けます(無料)12回・13回・15回

仙人堂の復活に弊社を励ましてくださった

著名人からの直筆の手紙・作品展(敬称略)

斎藤茂太(作家)・兼高かおる(世界の旅)・池田理代子(ベルサイユのばら)・草笛光子(女優)・下重暁子(作家)・宮尾登美子(作家)・井上靖(作家)・遠藤周作(作家)・田辺聖子(作家)・宮脇俊三(作家)・杉田房子(旅行作家)・佐藤慶(俳優)・星野哲郎(作詞家)・戸川幸夫(作家)・道場六三郎(料理人)・田中光常(動物写真家)・芳賀日出男(民俗写真家)・秋山庄太郎(写真家)・波多野須美(中国料理研究家)・今井通子(登山家・医学博士)・氷川きよし(歌手)・佐高信(評論家)

(作品)池田理代子作「源義経のイラスト」木版画家茂木照子「最上川の源流」等
(サイン)木村拓哉はじめSMAP全員のサイン(ジャニーズ事務所朱印入)・さくらももこ

※詳しくは、検索ラジオの「最上川仙人堂通信」(ポッドキャスト)スマホから193回・194回

義経も見たであろう最上川の景色と心の風景写真

室町時代の「義経記」や小説「義経と最上川」に表れる風景
※詳しくは「最上川仙人堂通信」(ポッドキャスト)検索273回・274回

その4

・ジャングルクルーズ Aエリア・・・生きた動物がいるエリア

ジャングルクルーズ Bエリア・・・自然が造った動物のエリア

ジャングルクルーズ ジュラシックエリア・・・5頭の恐竜のいるエリア