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【連載シリーズ其の2】 なぜ、仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

↑イラスト 滝谷節雄

 

―旅のキーポイントは、あの頃を思いおこさせる演出が大切だ―
なぜ、仙人堂わき水コーヒーに行列ができるのか

 

連載シリーズその2
「芭蕉とコーヒーの推理 ―わき水でリッチに飲んだ―」

 

人との出会い、時の流れは人生を大きく変えることがあります。
大学時代、東洋一のチェーン店を誇る喫茶店「マイアミ」でのドアボーイから始まったコーヒーとの出会い。それから2年後、チューインガム・チョコレートの「ロッテ」に入社した私は、28歳のとき脱サラし、最上川船下り義経ロマン観光を経営。
観光コースの中にある船でしか行けない、仙人堂での名古屋のある人との出会い(平成元年)が最上川に訪れる多くの人々に、ロマンを膨らませようとはその時は思ってもいませんでした。

 

 

 

「松尾芭蕉は果たして仙人堂でわき水コーヒーを飲んだのだろうか・・・?」

 

1989年から3年間、毎日仙人堂の整備に当たっていた私は、なぜか仕事の合間にコーヒーを飲みたくなったものでした。それもひきたてコーヒーです。仙人堂前でその歴史を説明している時でした。
ある人から堂内にあるすりこぎのような物はなんですかと聞かれたのです。
私はとっさに答えました。「芭蕉が持ってきた、コーヒー豆をすり鉢に入れてすりこぎで細かく砕いた時のすりこぎです」その人は何のためらいも無く納得したといった様子でした。
なぜ私がそう説明できたのか、今でも不思議でなりません。仙人堂の歴史を復活させたことで、感謝した芭蕉が私にそう言わせたのかもしれません。
説明したことが本当かどうか気になり、その夜スーパーからすり鉢とすりこぎを購入し、コーヒー豆を砕いて見ました。確かに砕けるではないですか。それは粗びきコーヒーでした。芭蕉は粗く砕いたコーヒー豆を3回ほど繰り返し煮出し、その上澄みを飲むトルコ式で飲んだのではと推理しました。

 

 

ですが、果たして私の推理が時代的に合っているでしょうか?

 

※次回その3をお楽しみに!

 

最上川船下り義経ロマン観光
芳賀由也

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